2012年05月22日(Tue)
 近所の鉄工所を前を歩いているとまた見つけた自作モノ。
 ちなみに前回の自作モノの記事はこちら
 自作モノを見るその先にはそれを作った「人」が見えてくる。とくに下町界隈の自作モノは頑固なおやじが目に浮かび興味を引かれるのである。

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(写真左)
 事務所の造りも使い勝手を考えて自作・加工の跡が見られる。隣の作業場かもしくは上階への階段へ入れる扉だがやや細くなっている。インターホンが付けられているところからするとやはり階段があるのかもしれない。
 それよりも郵便受けの位置が膝下くらいに低い位置だというところに注目したい。市販の郵便受けでは耐えきれない重さのある荷物が届くのかもしれない。壁の向こう側の床にごろごろと転がっているに違いない。

(写真中央)
 四角形に歪みを加えた斬新な形の戸になっている。扉ではなく戸と書いたのは、普通このような形の扉だったら開閉できないような気がするためで、これはもしかしたら開閉式ではなくスライド式かもしれないと思ったからだ。それに取っ手部分がフスマにあるような形状だし、戸の中央部には横に引っ掻いた傷があることから戸である説が有力である。
何故右上がりの斜めになっているのか。たとえば斜めにスライドさせているために鉄製の戸の重さで自動的に閉まるのではないか。もしそうなら面白い。一度見てみたいと思う。けれど開ける時は重くて仕方がないだろうなあ。
 大きな引き戸のなかにある自動閉式引き戸。このスライド・イン・スライドは素晴らしい。

(写真右)
 鉄を運搬する超重量級のトラックが出入りするために通常より頑丈な鉄板を自作したと思われる。溶接手作業で施された滑り止めが秀逸である。幾何文様をさりげなくまた無計画的っぽくラフに整列させていてカッコイイ。
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2012年05月21日(Mon)
 金環日食フィーバーの中、スーパーのレジ袋を通して日食を観測していて気分が悪くなった人がいたらしい。何であんな白っぽいものを利用しようと思ったのか不思議である……。
 さて、世の中には何にでもレジ袋を利用しようとする人がいる。
 賢い再利用だとか地球にやさしいエコなどといって何かと得意がっているのをテレビなどでよく見かける。しかし大概はそれほど賢くもなく、地球にも誰にもやさしくなかったりする。単なるケチな野郎かもしれない。
 レジ袋を袋的使用以外の使用法が何通りあるのか知らないが、そのなかの一つを実行しているのを以前街中で実際に見たことがある。それは雨のなか傘の代わりにレジ袋を頭に被っていた人である。恥ずかしい素振りもなく堂々と歩いていた。
 賢いかどうかはさておき、地球のためとか誰かのためとかそんな良い人ではなくて、ただ自分のために、しかも頭部だけの雨よけのために見栄えがせずとも気にせず被る、そんな人にむしろ清々しさを感じたのであった。

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 今日は、太陽が月に隠されてリング状に輝いて見える金環日食が見られる日。
 この世紀の天体ショーは、沖縄で観測されてから25年ぶり、大阪では282年ぶりだそうだ。ちなみに次の金環日食が観測できるのは300年以上も後になるという。とにかくこのめずらしい現象を観測できる滅多にない貴重な機会なのである。メディアがこの機会を逃すわけがなく、こぞって取り上げて早朝からにぎわっている。
 午前7時半ごろにベランダの外に目をやると、向かいのマンションのベランダや通路に身を乗り出して日食を見ている人がちらほら見られた。
 テレビでは各局で日食中継を映しだして盛り上げていた。

 個人的には日食観測用メガネを付けて太陽をおがむ人達に興味がわいた。

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2012年05月10日(Thu)
tera_osaka / 寺西 晃
この時期は夢がすごい。夢の世界も同時に生きているのではないかと思うくらいの夢を見る。だから朝目覚めたときには寝床で上半身だけ起こすとすぐに夢の整理と忘れないように記憶に留めることにしている。その間は一切他の情報を入れないために目を閉じている。寝ぼけているかのように見えるだろう。 at 05/10 11:07
tera_osaka / 寺西 晃
絵を描いていると、耳元で「ズッ、ズズッ…」と音がする。振り返ると誰もいない。不気味に思いながらも描き始めるとまた音がする。静止して振り向かずに目だけで音源を探そうとすると音が止まる…。ようやく音源を突き止めた。それは資料に顔を向けるたびにあごの無精髭が襟に擦れていた音だったのだ。 at 05/10 12:02
tera_osaka / 寺西 晃
以前に珈琲豆が入っていたタッパーウエアの中に缶詰の桃を入れて保管していたら、今まで食べたことのない珈琲風味の桃になっていた。それがどうしたと言われれば、まあ、どうでもいい話である。しかし世の中に物好きな人がいたら、真似……、しないよなあ。どちらかといえば味はマイナスに傾くから。 at 05/10 16:20
tera_osaka / 寺西 晃
夜中にツイッターのTLをスクロールしていると少し離れた窓の外に何かが動いているのに気付き、ぎょっとして全身に鳥肌を立たせた。動いて見えたのは窓ガラスに映ったモニタだった。…と、そんなみっともないことを今までに何度か繰り返している。いくら鳥肌を立たせても少しも学習できない男である。 at 05/10 20:01
tera_osaka / 寺西 晃
映画「エルム街の悪夢」のフレディの着ているようなボーダー柄のTシャツを横にある椅子の背に掛けていたが、そのことをすっかり忘れて深夜用便に立ったとき、自分しかいないはずなのに何者かが座っていると思って殊の外おどろいて飛び上がったことがある。こんな深夜にひとりで何やってるんだ俺は…。 at 05/10 22:30
タグ:ツイッター
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2012年04月29日(Sun)
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 午後、ぶらっと大阪港へ。
 大阪港駅改札近くで拡声器で何やらアナウンスしている。聞くと天保山特設ギャラリーでやっているツタンカーメン展は3時間待ちだということを言っている。ツタンカーメン展を観るつもりは毛頭ないのでどうでも良いのだが、観覧者が30万人突破したとか、このツタンカーメン展のすごい人気が私にはどうも理解できない。
 人々は黄金の秘宝を拝みたいのか? それともミイラを見たいのか? 悠久の時のロマン?
 日本人がいったい何に惹きつけられるのかよくわからないが、とにかく長蛇の列である。
 行列の中に乳母車を押す家族もちらほら見かける。将来、「ツタンカーメン展に連れて行ってやったんだぞ」と子供に誇らしげに言って聞かせるのだろうか。

 サンタマリア号に乗船する人も長蛇をつくり並んでいる。
 みんなGWに家族で行くならどこでもいい、何でもいいから出かけなければならないと強迫観念にとらわれているように思えてしまう。

 岸壁付近に自分撮りに熱心な女性がいた。小振りな三脚を立ててカメラを固定して、フレームの中に自分を収めてセルフタイマーで写真を撮っている。一枚撮るたびに確認し、うまくいかないと何度も撮りなおしている。
 あちこちに移動して背景を変えて撮っているのだが、今この場所を楽しむどころか自分撮りに集中している。それが全然楽しそうではない。無表情な顔を少し前に突きだしたポーズでばかり撮っている。あれはきっとブログにでも載せる写真を撮っているのだろう。端から客観的に見ていると、一生懸命な自分撮りの行動はまったくもって可笑しくて笑えてくるのである。
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2012年04月26日(Thu)
tera_osaka / 寺西 晃
筆を持って絵を描くということは勇気のいることだ。
そんなことをあらためて感じている今日この頃。
 at 04/26 13:44
tera_osaka / 寺西 晃
@mitsunorin_com そうなんです。次から次と現れるアクシデントに対して、その時々の判断をして描き進まないとならないのですが、積み重ねたものが次の一筆で壊してしまうかもしれない、そんな恐れと向き合って突き進んでいく勇気が必要ですよね。 at 04/26 15:17
tera_osaka / 寺西 晃
とくにアナログで絵を描く場合、常々勇気を試されていると感じる。このことをついデジタルで描き慣れてくると忘れがち。 at 04/26 15:19
tera_osaka / 寺西 晃
@mitsunorin_com 不可思議世界(笑)。まあ大概は思い通りに描こうと考えていてもそうは簡単にイメージ通りにはなってくれないですね。
結果思い通りになった場合は良し、ならない場合のときも新しい発見を獲得する出来だったら良しとしないとやっていけませんね。
 at 04/26 15:37
tera_osaka / 寺西 晃
久しぶりにアナログで描こうとすると“勇気”が少なくなっていて大胆に描けないことがあります。こりゃイカンなあとなります。
決してデジタルを否定しているわけではなく、アンドゥに慣れてしまって勇気を試すことは忘れてはいけないと思うだけ。
 at 04/26 15:45
tera_osaka / 寺西 晃
これ『取るに足らない事件』ぽいなあ。子供たちに聞かせる面白いお話ってどんなだろう…?
http://t.co/4XeOhIFa
 at 04/26 18:54
tera_osaka / 寺西 晃
『取るに足らない事件』のこれに近い。
http://t.co/SeJrxwpS
 at 04/26 18:58
タグ:ツイッター
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2012年04月16日(Mon)
tera_osaka / 寺西 晃
『新座頭市3』のテレビシリーズ最終話「夢の旅」を観た。勅使河原宏の実験的演出に言葉も出ない。座頭市の目が開いたり、そのうえ悪党一味に両手足を斬られるなんて…! at 04/16 16:26
tera_osaka / 寺西 晃
明日からは同じ枠で『座頭市物語』が始まる。ため録りしてあるのが25話くらいあってなかなか消化できないでいる。HDがもうパンパン! at 04/16 16:27
tera_osaka / 寺西 晃
@illust_nana 座頭市の目が開いたり両手足を斬られたりするのは、結局「夢」オチなんですが、しかしこれがシリーズ最終話かというような。セリフほとんどなし、曲もなし、悪党一味のボスが勝新(二役)!共同浴場で裸の不気味な男たちに追っかけられたり、まさに悪夢です…。(笑) at 04/16 18:12
tera_osaka / 寺西 晃
撮り溜めて後でゆっくり観ようと思っていた『新座頭市3』だが、今日の最終話は冒頭シーンからいつもとは違う雰囲気を醸しており、つい見入ってしまった。なにせ一つめのCMまで一切セリフなしで意味不明なドラマは衝撃的だった。 at 04/16 18:35
tera_osaka / 寺西 晃
座頭市の腕を斬られるシーンは後でもう一度見たいと思っている。敵と立ち回り、数回刀を合わせたところでいきなり仕込み杖を持った右手を斬り落とされる。腕がぼとっと地面に落ちる。そして呆然として何も出来ない市の右足を敵は嘲笑いながら斬るのだ。あれはびっくりした。良い子が見たら熱出すわ。 at 04/16 18:49
tera_osaka / 寺西 晃
それにしても座頭市を録り溜めすぎた。約25話分をゆっくり見ようと思ったら単純に25時間。かなり時間がかかる。それにHDがパンパンで他の番組が録れないのが問題だ。できるだけ早く消化しなければならない。HDダイエットだ! at 04/16 19:17
tera_osaka / 寺西 晃
@illust_nana そうですね、なんだかワケがわからなくても座頭市はかっこいいです。(笑) at 04/16 23:24
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2012年04月05日(Thu)


『マイ・バック・ページ』を観た。なかなか面白い映画だったので原作本も読んでみたくなった。
 原作は映画評論家・川本三郎の若き日の回想録。
 学生運動が激しい時代。活動家たちに共感を抱きながらジャーナリストとして彼らを取材する新聞記者・沢田にある男が接触してくる。活動家を名乗る男・梅山。学生運動のピークに乗り遅れたことで、いつもどこか虚しさと焦りを感じていた沢田は梅山に親近感を覚える。
 沢田の先輩記者が「梅山はただ大きいことをして世間をあっといわせたいだけの男で、本物になれない偽物だ。あいつに近づくな」と忠告をする。事実、梅山はやたら口が上手い男で胡散臭い。
 そしてやがてある自衛官殺人事件が起こる。
 沢田は梅山に関わったせいで事件に巻き込まれていく……。
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2012年04月01日(Sun)
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 義姉から珈琲豆が届いた。義姉から送った旨の連絡があった昨日から楽しみにしていたのだ。
 義姉はこちらの生活リズムを念頭に置いて配達の時間指定をしてくれたのか、届いた箱に貼られた荷送り伝票の時間指定は「午後8時以降着」であった……。

 箱を開けると新鮮な珈琲豆のいい匂いが広がった。箱の中には三種の豆が入ってあった。その中でも最も香ばしい匂いを漂わせているサントスを選び、相方に煎れてもらって豊かなコーヒータイムを過ごした。
 いつもと違う味や香りが思考や想像世界にも変化を与えてくれる。ありがたや、ありがたや。
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2012年03月25日(Sun)
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『古本スケッチ帳』(林哲夫著/青弓社)
 画家であり装幀家でもある林哲夫さんの装幀エッセイ、書物に関する随筆を収録した本である。
 中でも興味深かったのは、肖像章の「佐野繁次郎のこと」。
 大阪・船場の筆墨商の息子の佐野繁次郎が、北区中津の寺の息子の佐伯祐三がお互い十代半ばのころ知り合い、佐伯に誘われて同じ梅田の画塾に通ったことが書かれてある。
 佐野の回想文にあるように佐野は佐伯の影響で本格的に絵を描くようになったとのこと。佐伯がパリで描いた絵、ポスターの文字などに強く影響を受けたであろうことは、その後の佐野の仕事を見れば容易に納得できる。

 ところで、来月からまた佐伯祐三の展覧会しますね。
 チラシを見ると作品内容は前回とあまり変わりないように思えるが、「その他の出品作家」の名前の中に佐野繁次郎の名前も入っている。とりあえず覚えておくことにする。
『佐伯祐三とパリ』(2012年4月28日〜7月16日/大阪市立近代美術館・心斎橋展示室)

『装幀のなかの絵』(有山達也著/四月と十月文庫)
 装幀やポスター、CDジャケットなどを手掛けるアートディレクター・有山達也氏の仕事に関するエッセイ。
 有山氏がイラストレーターに求める要求が良い。
「戻れない覚悟」の中で私が感心したところをかいつまんで紹介したい。
 有山氏は、アンドゥ(コンピュータ上で、直前に行った操作を取り消し、元に戻すこと)無しの絵を描いてみたら? と、イラストレーターに求める。それは同時にアートディレクターである自分(発注側)の怠慢に対する抑制でもあるとして。
 どういうことかというと次のようなことである。
 コンピュータの制作行程は、とても便利であり、かつ現在のデジタルデータ入稿にもマッチしていると良いことずくめだが、ただ「絵」が本来持つ「勢い」や「決意」、あるいは「ハプニング」といったものが希薄になることも否めない。
 制作工程中の失敗を恐れリスクを少なくするということは、冒険をしなくなるということ。
 冒険とは何ぞや。絵の場合で言えば、どんな絵が上がってくるかわからないがそれを待ってみる、ということ。
 それは「ドキドキする」ということ。ドキドキはワクワクにつながっている。それを我々は忘れがちである。
 いかに冒険するか。「慣れ」からいかに脱却するか。アンドゥをしないことはそのひとつの方法だ。
 イラストレーターには、小さくまとまるのではなく、のびのびと「絵」を描いてもらいたい。そのための「覚悟」(ドキドキ)がアートディレクターには必要である。
 というようなことを有山氏は言っている。

 我々はデジタルで絵を描く便利さを知っているが、時々アナログに戻って描きたくなってしまうのは、このドキドキワクワクを失いたくないからだ。そんなことを再認識させられた本なのである。
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