わからんと言え!

 先日テレビを見ていたとき、芸人コンビの博多華丸・大吉の華丸氏が笑いのプロフェッショナルとして「笑い」について訊ねられた際、まわりがどんなタメになる名言が出てくるかと待ち構えているなか、「笑いのことはわからん!」と博多弁なまりの大声で吐き捨てたのが、私には非常に気持ちよく、かつ面白かったので大笑いしたのだが、それを一緒に見ていた妻がこちらに向くなり、「誰かに絵のこと訊かれたら『絵のことはわからん!』て言わなアカンで」と厳しい表情で言うのである。

 それはおそらく私が日頃、自分のことは棚に上げて、他人様の絵についていちいち批評をするものだから、偉そうに分かったことを言うんじゃないという意味の忠告だろうと思われる。よくもまあ、私の悪いところをチェックして覚えているものだと感心する。

 私自身も、時に少々感情的になって、自分の言ったキツイ言葉に、ちょっと言い過ぎてしまった、言わなければよかった、と内省することがある。

 しかし、である。私の口から出るのは批判ばかりではない。私は、つまらない絵にははっきりとつまらんと言っているが、良い絵にはちゃんと良いと言っている。つまり自分が感じた正直な感想を言っているのだ。どれほど自分のことは棚に上げているとしても。(そこんとこだけ今後注意しようと思う)

「曾根崎心中」のラフ

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「曾根崎心中」のラフ。
 お初の表情は自分で言うのも何だが、なかなか上手く描けたのではないかと思う。

 歌舞伎の絵を描く場合の注意点がある。それは歌舞伎を取り上げるときの作法として「誰にも似せてはならぬ」というもの。つまり特定の役者に見えないようにしなければならない。
 今回の場合は、誰にも似せないどころか、女形(男)のはずなのに、もうほとんど女なのである(笑)。

「大阪百景」其の四

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 路地裏写真家の杉本洋一さんから届いた「大阪百景」の第四弾は本町通「本町橋」。
 杉本さんの文章に「本町のまがり」というその場所の俗称が出てくる。そう呼ばれる曰くが古い史実にあったり、落語で語られたりと、じつに大阪の地名はおもしろい。
 また大阪弁で言う「まがり」の言葉の響きが心地好い。大阪だからこその「まがり」である。
 「ほら、そこの、なにをゆうてんねや、そこの、まがりやがな」
 昔から「まがり」がそんなふうに人々の間で交わされていたのだろう。

 杉本さんの腰痛もましになり、立ち飲み屋も行けるくらいになったそうだ。
 来月あたりに一緒に大正で一杯ですな。

昭和40年男

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 本屋三軒まわってやっと見つけた。
 早川いくをさんのインタビュー記事「荒海に生きるタメ年男。」はP.78〜81。
 今号の特集が「俺たちの美的感覚の起源」ということで、我々の世代にばっちりな人・物が多く紹介されている。
 他にも「箱絵」や「怪獣アートの世界」など興味深い記事も掲載。
 なかなか面白いですよ。

おふくろ雑感

 母の病室へ行くと、母は私の顔を見るなり眉のあたりを指差し開口一番、
「あんた、こんなとこにホクロあったか?」と言う。
 妻に聞いた話では、これまでも母はホクロを見つけては何か言うらしい。認知症の人はホクロが気になり出すのだろうか。

 病室の母のロッカーの扉の内側には一枚の絵を仮止めテープで貼付けてある。それは私が仕事で歌舞伎の女形を描いたイラストだ。前に、描いている途中の絵を写真に撮ったものをデジカメの小さなディスプレイ画面で見せたら「きれいなあ」といたく感動してくれたので完成原画をプリントアウトして病室に持って来たものである。
 洗濯した替えのパジャマやタオルなどを入れ替えるときに「ほら、これ」と言ってその絵を母に見せると「おおお」と言って、懐かしいものを久しぶりに見たときのような表情で小さく頷く。
「その絵は他のひとが描いたもんやけど、色はうちが塗ったんや」と母は言う。
 どうやら前にいた病院の看護士に色を塗らせてもらった子供用のぬりえの絵と勘違いしている。まあ、それは別にいいのだが……。
 またぬりえをしたいか訊くと「そうやなあ」と答えた。今度仕事の着色前の線画状態の絵を持って来てあげようと思う。

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お世話になっているのか判らない人

 携帯電話に知らない番号の電話がかかってきた。
 「○○さんスか? □□ス。お世話になりっスッ」
 先方は早口で言うので一瞬何を言っているのか判らない。もう一度言ってもらうようお願いしたのだが、さっきと同じように早口でとにかく判りにくい。早口なうえに滑舌が悪く、とくに名前のところが聞き取ることができないのだ。
 どなたかも判らないし私にかけてくれたのかどうかも判らないではどうにも返事の返しようがない。もしかしたら以前仕事でお世話になった人かもしれない。それならもう一度とも言いにくい。
 とりあえず私の名前を伝えた。かけ間違いではないかを先方に確認してもらおうと思ったのだ。するとやはり番号を間違っていたと気付かれたようで、丁重に詫びて電話を切られた。
 いつもなら「あー、いつも世話になっています」などと調子の良い返事をしているところだが、そんな返事をせずにいてよかったと、胸を撫で下ろすのであった。
 落ち着き払った対応が出来るようになった。どうやら私もようやくひとりの大人として出来上がってきたようだ。

おふくろ雑感

 私が病室に着くなり「もう帰るんか」と母は言う。「来たばっかりや」と私は返す。本物のボケに突っ込みである。なぜかこのパターンが多い。
 かみ合わない会話をしていても本当に帰るときには「気ぃつけて帰りや」と母は言う。その時だけはハッキリしているように思える。
 その「気ぃつけて帰りや」の一言だけでいつもお互い納得して別れられているような気がするのである。

 今日は熱があるのか母は氷枕をしていた。
 話しかけても薄目を開けてこちらを見るが何も言わない。寝息のような呼吸だ。眠っているのか起きているのかわからない。時々こちらを見る視線は動く。
 しばらくベッドの横に座っていた。
「もう帰るわ」と言うと小刻みに頷いたようだった。きっと「気ぃつけて帰りや」と言っているのだろう。

母の転院

 母の転院の日だった。
 以前から何度かお願いしたことがある介護タクシーの運転手さんのおかげでスムーズに病院間を移動できた。今日から入院する病院の裏口には病院の受付の人が傘を持って待っていてくれた。入院手続きを済ませ、診察と諸々の検査が終わるのを待つ。病棟に移れたのは昼を過ぎてからだった。
 認知症が進む母との会話はこれからどんどん難しくなってくるのだろう。最近では何か言いたくなっても物の名前や言葉が出ないようだ。誰よりももどかしくて苦しいのは本人だろう。
 そんな母の相手になってくれる妻にはいつも救われている。母のとぼけた言葉を正さずにいっしょに笑ってくれる。それだけで空気がやわらかになる。
 妻と夕方帰宅。遅めの昼食。二人ともくたくた。
 そして仕事は待ってくれないのである……。

曇空

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 妙に静かな日。
 父が退院した、と妹からのメール。
 今日あまりしゃべらない母は、明日転院。

春の雨

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 親のことで昨年から病院に幾度となく足を運んでいる日々。私もそういう歳になったということだろう。