サンダ対ガイラ

 先日レンタルDVDで探し求めていた『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』を、早川いくをさんの御厚意により観ることができた。めちゃくちゃ懐かしかったし面白かった。早川さんには感謝である。
 当時はこの映画を観た子供たちの多くが恐怖のためトラウマになったといわれるほど衝撃的だったのだ。
 私が観たのは劇場だったかテレビだったか記憶が定かでない。でもなんだか恐ろしいものを見たことははっきり覚えている。巨大過ぎない程よい大きさの怪物が空港の建物を覗きこみ、捕まえた人間を食う、口の中に残った衣服だけをぺっと吐き出す。このシーンは一番印象に残っているし、怖いことで有名なシーンである。
 しかし自分の中では何が一番怖かったのかを今あらためて考えてみると、何と言っても着ぐるみなどの作り物ではない、怪物の顔の造型の奥にある「人間の目」ではないかと思う。
 微妙にキョロキョロ動く人間の目は怖い。目は感情や意思表現のできる感覚器である。外に向かって強烈に訴える部分である。醜い怪物が何か言いたげな目をこちらに向けるだけで怖いではないか。子供はそういうものに敏感だから恐怖を強く覚えるのも当然のことだろう。
 そして大人になった現在、この映画を観てみると、子供の頃とは見る視点が変わっていることに気付く。特撮を現実のように脳内で変化させて見ているのではなく、特撮を特撮として見ている。怪物の目を注視するのではなく、怪物の造型や、怪物になって演じている人を考えてしまっている。のめり込み方がまったく違うのだ。怖さよりも面白さを感じながら見ているということになる。
 大人になって子供の頃の純粋な恐怖心を感じられなくなったことは、なんだかちょっと残念だなと思うのである。


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マイ・バック・ページ



『マイ・バック・ページ』を観た。なかなか面白い映画だったので原作本も読んでみたくなった。
 原作は映画評論家・川本三郎の若き日の回想録。
 学生運動が激しい時代。活動家たちに共感を抱きながらジャーナリストとして彼らを取材する新聞記者・沢田にある男が接触してくる。活動家を名乗る男・梅山。学生運動のピークに乗り遅れたことで、いつもどこか虚しさと焦りを感じていた沢田は梅山に親近感を覚える。
 沢田の先輩記者が「梅山はただ大きいことをして世間をあっといわせたいだけの男で、本物になれない偽物だ。あいつに近づくな」と忠告をする。事実、梅山はやたら口が上手い男で胡散臭い。
 そしてやがてある自衛官殺人事件が起こる。
 沢田は梅山に関わったせいで事件に巻き込まれていく……。

暑い夜には熱いものでクールに

 このあいだ『エグザイル/絆』『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』を観た。今日になって、ふと気付いた。
 昨年の今頃に『あるいは裏切りという名の犬』と『やがて復讐という名の雨』『いずれ絶望という名の闇』を観ていることを。
 どういうわけか、私は暑い時期になるとハードボイルドを観たくなるようだ。

 今回の『エグザイル/絆』と『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』は、いずれも監督はジョニー・トー。黒社会を描いた「香港ノワール」で一躍注目された監督である。
 作品の内容は好きな人には堪らない世界だろう。
 暑くて寝苦しい夜に、非情な男の世界に酔いしれてみてはいかが。






 ちなみに私がこの映画に興味を持ったのは、編集者であり、また映画評論家である十河進さんのコラム『映画と夜と音楽と…』を読んだからである。読むと観たくなる。

「男たちの絆」(『エグザイル/絆』の紹介)
「またまた男たちの絆」(『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』の紹介)

震災テーマの映画

 朝、相方と九条のシネ・ヌーヴォに『にくめ、ハレルヤ!』を観に行った。
 震災をテーマにした映画を観て、それが気にくわなくて落胆すると、だんだん腹が立ってきて平静ではいられない。
 ということで、久しぶりにツイッターに連続書き込み。

tera_osaka / 寺西 晃
今朝九条のシネヌーヴォで『にくめ、ハレルヤ!』を観てきたが、正直がっくりした。何を伝えたいのかが見えなかった。手法ばかりに重点を置いて、作品の解釈丸投げは無責任ではないだろうか。被災者の方にも観てほしいとよく言ったものだと思う。 at 02/02 17:49
tera_osaka / 寺西 晃
シネ・ヌーヴォXの規模であったら鑑賞料金を1,000円までに抑えるべきだ。それなのに『にくめ、ハレルヤ!』みたいな作品に1,500円も払ってしまった。 at 02/02 17:56
tera_osaka / 寺西 晃
映画『にくめ、ハレルヤ!』は阪神淡路大震災の10年後の設定。復興する神戸の街を見てこの監督がどう思ったのか、そして何を伝えたいのか?まったくピンと来ない。震災をテーマとして扱うのならこんな乱暴に丸投げせずにもっと丁寧につくってほしい。 at 02/02 18:10
tera_osaka / 寺西 晃
『その街のこども』は阪神淡路大震災を扱った作品としては秀逸。それは何と言っても渡辺あやの脚本の出来である。震災後に様々な理由で神戸から「外」に出なければならなかった者たち、その複雑な心境をうまく表している。被災者でありながら被災地にいることができなかった者の気持ち。 at 02/02 18:20
tera_osaka / 寺西 晃
ところが『にくめ、ハレルヤ!』で扱われる阪神淡路大震災は何なのだ。いったい誰の何を代弁しているものなのか、まったくわからない。第一、解釈丸投げはずるい。あわよくば鑑賞者が本来の意図以上の解釈をしてくれるかもしれないからだ。こういうのが最近多くて困りものだ。 at 02/02 18:30


 そういえば、この映画のサイトには映画関係者の身贔屓なコメントばかりであった。
 映画の手法や雰囲気について述べているだけで、物語のポイントは語られていない。
「今な感じがした」だとか「新しさがある」と書いてあるが、本当にそうかな?
 なにか昔観たことのある、よく芸大の学生の作りそうな作品に思えたが。
 要するに、震災をテーマとして作るならもっと気合い入れて作らんかい! ということだ。

トラップファミリー合唱団物語

 午後のBSでは『菩提樹』(西ドイツ)、夜は『サウンド・オブ・ミュージック』(アメリカ)と、どちらも同じ原作『トラップファミリー合唱団物語』を映画化したものを奇しくも同じ日に放送していた。
 おかげで贅沢にも観くらべることができ、物語のどこにポイントを置いているかなど、西ドイツとアメリカのエンターテインメント性の違いが興味深かった。
 明日の午後のBSでは『菩提樹』の続編『続・菩提樹』が放送される。トラップファミリーが祖国オーストリアから逃れてアメリカに亡命したその後の話らしい。

ハードボイルドの続き

izure.jpg『いずれ絶望という名の闇』を観た。ジェラール・ドパルデューの太りようが気になってしまって……。あんなに太ってしまってはハードボイルドを演じるにはきつい。どうしたというのだ。

 ところで、このあいだ観たハードボイルド映画『あるいは裏切りという名の犬』で、ライバルを演じるダニエル・オートゥイユとジェラール・ドパルデュー、この2人を見て思った。「こりゃ、鼻の対決やな」と。
 あなたは「なにアホなこと言うてんねん」と言われるかもしれないが、本当だ。観ていただければわかるはずだ。日本人にこんな特殊な鼻の持ち主を見たことがない。

 話はまた少し変わるが、先日仕事でお世話になった方からメールをいただいた。内容は仕事のことで丁寧にお礼の挨拶が綴られていたのだが、余談としてその方はなんと「ダニエル・オートゥイユの物真似が得意」だと打ち明けられた。
 驚いた。私はこれまでにダニエル・オートゥイユの物真似をする人に出会ったことがない。じつに興味深い話だ。しかもその方は女性なのである。いったいどこをどういうふうに物真似されるのだろう。独特のセリフの言い回しがあるのか?
 きっと私は、その物真似が似ていても似ていなくてもどちらにしても大いにうけてしまうだろう。今、非常に気になる物真似のひとつであることに間違いない。

ハードボイルド!

『あるいは裏切りという名の犬』『やがて復讐という名の雨』を観た。
2作品どちらもオリヴィエ・マルシャル監督と主演ダニエル・オートゥイユのコンビ。
男による男のための男たちの映画。ハードボイルドの傑作。
あー面白かった!
『いずれ絶望という名の闇』も借りて観なくては。
それにしても、どれも意味不明な邦題やで。

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『痴人の愛』

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 谷崎潤一郎原作『痴人の愛』(増村保造監督バージョン)を観た。

 酒も煙草もギャンブルもしない、会社ではクソ真面目の堅物で通っている男・譲治だが、実は周りに秘密にして若い女・ナオミを家に住まわせていた。自分の理想の女に育て上げて妻にすることが目的だった。次第にナオミは成熟し、男を虜にする妖艶な悪女となる。譲治はナオミに惑わされ、生活すべてが狂いだしていく……。

 まず、「これはエロか!芸術なのか!?」そんな映画の宣伝コピーがなんともいえない。
 この物語、悪女にハマってしまった馬鹿な男の話と捉えられるが、ちょっとそれとは違うような気もする。
 譲治が何の趣味も持たない、つまらない男と思っていると、実はM(マゾ)という趣味に人生を賭けるすごい男なのではないか。(笑)
 譲治はMなのである。ナオミを調教しているようだが、本当のところは、ずっとナオミに奉仕していたのだ。
 ナオミが譲治を裏切るような態度をとるせいで、譲治の生活はボロボロになっていくが、それも譲治にとって理想のカタチでもあったといえる。
 譲治の計算通りだったのかどうか分からないが、結局、譲治はMを満足させられる理想のナオミを作り上げたのである。
 パッケージにあるように馬乗りシーンが何度も出て来る。最後にはナオミを背に乗せ譲治は泣きながらMとしての喜びを感じているようだった。

 ちなみに相方は本編半ばで観るのをやめ、呆れた顔で「アホらし」と言い残してどこかへ行ってしまった。
 まあ、そんな映画です。

 ※追記
 譲治はナオミの度の越えた男遊びに困り果て、とうとう追い出してしまう。だが、譲治はもうナオミなしでは生きていけない男となっていた。
 家に居ないナオミを思い、パンツ一枚姿の譲治が、これまでに撮り溜めたナオミのヌード写真を布団の上に並べ身悶えするシーンは、思わずプーッと吹き出して笑ってしまうのである。

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『ヴィヨンの妻』

『ヴィヨンの妻』を観た。
感動も怒りもなく、心に何も残らなかった。なんだこりゃ。
太宰治の短編をいくつか組み合わせたようだが、そうなるとなんだか本題の物語がぼんやりとして感じる。良いのか悪くなったのかもわからない。本題をシンプルにした方がよかったのではないだろうか。しかしそうすると映画として成り立たないのか。じゃあ無理に映画にしなくともよかった? ま、どうでもええか……。
個人的に思ったことであるが、松たか子は原作のイメージではなかった。妻夫木聡も原作のように……、ま、ええか。

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『卍』

『卍』のDVDを、先に見た相方の解説付きで早送りしながら見る。
 ダイジェスト版鑑賞といったところか。こんな見方で観たからかどうかわからないが、若尾文子と岸田今日子の二人が演じるレズが滑稽に思えた。
 同じ絵画学校に通う若尾と岸田。岸田が若尾に裸になってくれと関西弁でせがむ場面が面白くて印象に残っている。
 若尾にじらされてキレてしまい、若尾の身体を覆い隠していたシーツをはぎ取る時の岸田のセリフ。
「うちにあんたの裸見せてほしい!」
「なんで見せてくれへんのや!あんた水臭いわ!」
「なんでや!もうええ!あんたみたいな薄情者!絶交や!」
 たぶん、このようなセリフだったと思う。欲望にムキになった真顔が面白い。(笑)
 他にも変態が何人も出て来る。何せ早送りだから次から次といった感じだ。
 結局登場人物みんな変態みたいなものだったが、誰より谷崎潤一郎がド変態なのは言うまでもない。

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